私たちは日々の生活の中で、不安や葛藤にさらされながら生きています。そのとき、心を守るために無意識に働く仕組みが防衛機制です。今回はその一つである「抑圧(repression)」を取り上げます。
抑圧とは?
抑圧とは、受け入れがたい欲求や感情、記憶を無意識の奥に押し込めてしまう心の働きです。自覚できなくなることで一時的に心の平穏は保たれますが、その感情は完全に消えるわけではなく、別の形で表れることもあります。
身近な事例
日常生活の例
辛い失恋の記憶を「なかったこと」にして、思い出さないようにする。先日取上げた、「昇華」とは真反対なことにお気づきでしょうか。なぜ、昇華が比較的健全な防衛機制かというと、ネガティブなエネルギーをそれと同等のポジティブなものに変換しているからです。それに比べて、抑圧は、そのエネルギー自体をなかったことにしようとしているのですから、結局はそのエネルギーの行き場がなくなってしまうわけです。一時的にはなくなったように感じても、必ず何かの形で同じ熱量のエネルギーは残ってしまっていると考えたらわかりやすいでしょう。
仕事の例
強く怒りを感じた上司との出来事を、なかったことにする、または自分でも気づかないうちに忘れてしまう。こちらも、たとえ無意識のうちに忘れてしまっていたとしても、何かのきっかけで突然思い出す可能性は十分残っているところがポイントです。
看護師の現場で見られる抑圧の事例
1. 患者対応のケース
看護師が患者さんの死に立ち会ったとき、強い悲しみを心の奥にしまい込み、
「業務だから仕方がない」と感情を切り離すことは多いのではないでしょうか。 表面上は冷静に振る舞いますが、後になって涙が出てくる といった形で抑圧が働くことがあります。まだ、涙になって出てくるのは良いと思います。もっとも心配なケースは、その死の悲しみをなかったことにしてしまうことです。
2. 自分自身のケース
忙しい勤務の中でイライラや不安を感じても、
「こんなこと考えちゃいけない」と感情を抑え込む 。自覚していないのに、体調不良や疲労感として表れる というように、抑圧が心身に影響を及ぼす場合もあります。特に、責任感の強い人、細やかな配慮ができる人、周囲のスタッフとうまくやっていきたいと考えている人にこの傾向は多いようです。
3. 看護師同士の人間関係のケース
新人看護師への指導や、先輩看護師とのやりとりの中で、不満を抱えても、
「言っても仕方がない」と心の奥にしまったり、表面的には笑顔で接していても、後で小さなことで爆発してしまうということがあります。これは、抑圧した感情が別のタイミングで噴き出す典型的なパターンです。
抑圧のメリットとデメリット(医療職の視点)
メリット
業務に集中できる
すぐに感情を表に出さずに抑えることで、冷静に目の前のケアを続けられる。
心を守る一時的なバリアになる
強すぎる感情をそのまま受け止めるとつぶれてしまうこともあるため、抑圧は必要な防衛手段になる。
デメリット
心身の不調につながる
抑圧した感情が頭痛・不眠・倦怠感などの身体症状に現れることがある。これは、ネガティブなエネルギーが身体症状となって現れていると、考えられるでしょう。
人間関係の摩擦を生む
抑圧しすぎて限界に達したとき、爆発的に感情が表れてしまうことがある。結局はネガティブなエネルギーはいつかどこかで何らかの形で変換され、現れると言うことです。
自己理解を妨げる
感情を抑え込むことで「自分が本当に何を感じているのか」が見えなくなり、成長や気づきの機会を逃すことがある。
まとめ
抑圧は、強い感情から自分を守るための自然な反応で、特に、一時的な対応としてはとても良い効果があります。しかし、抑え込んだ気持ちは完全に消えるわけではなく、別の形で現れることが、上記の事例からも分かるでしょう。
医療現場のように感情を揺さぶられる場面が多い職業では、「抑圧が働いているかもしれない」と気づくこと自体が大切です。
患者対応において、特に重症患者や患者の死を体験した際は、一緒にそれを体験したスタッフの仲間がいます。また医師もいます。様々な職種が関わっています。あまりに心に残る亡くなり方をした患者を看取った際は、あまり時間がたちすぎないうちに(一週間以内)、スタッフでデスカンファレンスを開き、スタッフが心の内を打ち明けられるような時間を持つこともあります。
また、自分自身の悩みや焦り、スタッフ間における不満などがあるときは、いい人を演じる必要はありません。これは私自身経験して後々辛い思いをしたので断言できます。正直に感じたことを上司や同僚に話す方がよっぽど、長期的に見て職場のためになりますし、信頼関係もより高まります。どうしても職場の人に言えない、というときは時には、専門家の力を借りるのも一つの方法です。
とにかく、ある日感情が爆発すると言った負の方法で抑圧されたエネルギーを解消するのではなく、日頃から話したり、自分を知ってもらったりすることで穏やかに抑圧を和らげ、心を健やかに保つことが大切です。
